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最高裁判所第一小法廷 昭和35年(オ)1162号 判決 1964年1月28日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山本茂雄の上告理由第一について。

原判決によれば、判示の手紙および譲渡証は自殺を決意したDがその敢行の数日前に旅先で全文を自筆でしたためたもので同一封筒に入つており、右譲渡証には「昭和二十九年十月三日」と年月日の記載があり、D名下に押印があつて、従つて右両書面を一体として見るときは自筆証書による遺言たるの方式に欠けるところはないというのであつて、右原判決の判断は正当と認められる。なお、「印紙ハリ私ノ実印ヲ押シテ下サイ」との記載ある紙片によりDが上告人に対して押印を依頼し、よつて上告人が押印したとの点は上告理由において初めて述べられたものであり、D名下の押印が上告人によりなされたことは、原審の何ら認定していないところである。それ故、所論は採るを得ない。

同第二について。

所論は民訴一八六条違反をいうが、原審において被上告人は、上告人の本件物件の所有権取得の経緯につき、昭和二九年一〇月三日Dは家出後自殺前遺書と目される原判示の手紙および譲渡証をしたためて上告人宛郵送し、上告人は同日これを受諾する旨の意思表示をしたから、右物件の所有権を取得したものである旨主張しているのであり、この趣旨は、本件当事者の主張、証拠の援用その他記録にあらわれた弁論の全趣旨に徴すれば、必ずしも上告人が右Dから贈与を受けて右物件の所有権を取得した旨の主張たるにとどまらず、上告人が遺贈によつて右物件の所有権を取得した旨の主張をも含むものと解し得ないわけではない。それ故、原審が上告人の遺贈による右物件所有権取得の事実を認定したからといつて、所論の違法は認められず、所論は採るを得ない。

同第三、第四について。

原判決挙示の各証拠によれば、Dが本件物件の所有権を自己の死後に上告人に譲渡する意思であつた旨の原判示、および原判示の譲渡証と遺書と目される手紙とが一体として自筆証書の遺言たる方式をそなえ、従つて右Dの死亡によつて上告人がその所有権を取得したものであるとの原審の判断は、肯認できる。それ故、原判決には所論のような違法は認められず、論旨はひつきよう原審の裁量に属する証拠の取捨、事実の認定を非難するに帰し、採るを得ない。

同第五について。

私法上の法律行為については、受任者の代理権は必ずしも委任状の記載事項の範囲内に限られるべきものではなく、その他の事実を斟酌して委任状記載事項以外の事項について委任者が代理権を授与したものと認定することは何ら妨げのないものであるところ、原判決は挙示の各証拠に基づいて、上告人が第一審判決別紙目録(二)の建物の売却をも訴外Eに委任したと認定しているのであつて、右認定は挙示の証拠に照らし首肯し得るところであり、原判決には所論の違法は認められない。

その他の所論は、独自の見解に基づいて原審の適法にした事実の認定、証拠の取捨判断を非難するに過ぎず、採るを得ない。

同第六について。

原審は、その挙示の証拠により認定した所論判示各事実に基づいて、第一審判決別紙目録(二)の建物がもともと上告人の所有であつたと判示しているのであり、右判示は挙示の証拠に照らして肯認できる。所論はひつきよう原審の裁量に属する証拠の取捨、判断および事実の認定を非難するに帰し、採るを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官下飯坂潤夫の上告代理人山本茂雄の上告理由第一ないし第四に関する意見あるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

上告代理人山本茂雄の上告理由第一ないし第四に関する裁判官下飯坂潤夫の意見は次のとおりである。

所論の点に関する原判決によれば、一審原告(上告人)の亡父Dは事業に失敗して借財を重ね、他面肺患を患う身であるのに、妻たる一審原告の我儘にして冷たい仕打に悲観し死を決して昭和二九年九月家出し行方不明となつた。ところが同年一〇月三日附で妻たる一審原告にあてて遺書とともに、別紙目録記載(一)の土地建物を一審原告に譲渡する旨の譲渡証を郵送しており、右遺書並びに譲渡証は自殺を決意した右Dがその敢行の数日前旅先で全文を自筆でしたためたものであるというのである。してみれば、右Dは一審原告に対し右不動産を無償で譲渡する旨書面上の意思表示(申込の)をしていることが明らかであり、しかも一方において一審原告の右に対する承諾の通知を必要としていないことが明瞭であるところ、一審原告はその後右不動産を一審被告(被上告人)に売渡す旨契約するとともに、その代金として七五万円を受領し、右譲渡証を一審被告に交付したというのであり、右売渡契約の締結、右代金の受領、譲渡証交付等一連の事実は承諾の意思表示あつたものと認めるに十分であるから、前示Dと一審原告との間には民法五二六条二項の規定に従い、前示譲渡契約が有効に成立したものと認めるを相当とする。原判決は遺贈云々を説示するが、右は上叙事実に対する法律上の過剰評価、すなわちあらずもがなの判断で、その示すところの結論は上叙と異るところがないのである。所論は右過剰評価の点を対象として種々論難するものであつて、固より理由がなく、採用のかぎりではない。

最高裁判所第一小法廷

裁判長裁判官    入   江   俊   郎

裁判官    下 飯 坂   潤   夫

裁判官    斎   藤   朔   郎

裁判官    長   部   謹   吾

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